今回久しぶりに船通山に登ってきました。4~5月のカタクリの時期に登ることが
出来ず、少しイライラしていました。でも今月に自粛解除があり登ることに^^
きょうのコースは時計まわりにすすむ亀石コースを利用しました。
歩行距離は約9.45km 時間も約4時間半 久しぶりの長距離を歩いてきました。
200623船通山
北端のワクワクプール付近の駐車場からまず林道を歩きます。

日差しは強いですが、それでも時々吹く風に癒されました^^
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しばらくこの舗装道を歩くのですがそれが少し退屈(笑)

やっと登山口に到着、ここからが本格的な登山です。長かった~(;^ω^)
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じつは、今の時期に登るのがはじめてで、カタクリはすでに終わっているが
なんの花が咲いているか心配でした。
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ところが、時期的にササユリが咲いているらしいということで、すこし期待を
することにしました。

古事記や日本書紀では鳥髪峯と言われていた・・と少し堅苦し出だしになりましたが

日本神話に関係する山なのでご容赦を(笑)この山のことを説明することにあたり
いきなり古事記の一節を書かしてもらいました。参考には「古事記の証明」という

(正文社)発行の本から抜粋しております。

イザナギミコトは筑紫の国アハキ原というところで禊ぎ祓いをした。

水に潜り体を洗い清めた。
左の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は
アマテラスオオミカミ、
右の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は
ツクヨミノミコト、
御鼻を洗ひたまふ時に、成れる神のなはタケハヤスサノヲノ
ミコト

なぜイザナギは筑紫で禊をしたのか・・妻イザナミが火の神(ヒノカグツチノ神)
を最後に産んだときにみほと(女陰)を焼かれそれによってイザナミは亡くなる。
そして、その亡骸は「出雲国と伯耆の国との境にある比婆の山」に葬ったと言われる。
ところがイザナギは地下の「黄泉(よみ)の国」まで行ってイザナミに会いたいと
懇願したが、腐敗した体を覗かれたイザナミは激怒、イザナギを黄泉の世界の中で
怒り狂って追い掛けた。そしてやっと黄泉平坂(よもつひらさか)まで戻って黄泉の
世界から戻れたのである。「よみがえる」という言葉はここから出ているらしい。

そのために死者の国から戻ったイザナギが筑紫で禊をした。そして、禊をしたときに
生まれたのがアマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三神だった。ただイザナギと
イザナミは三神以外に三十五神を生んでいるらしいので、多産夫婦だが、神が
まぐわ(セックス)って神を生む、また神が死ぬというのはすごく人間味のある
日本神話独特の物語のようです。

そして、イザナギはアマテラスには高天の原を治めよ、ツクヨミには夜の食国
(おすくに)を治めよ、そしてスサノヲには海の上を治めよ・・と委任した。


ところが駄々っ子のスサノヲは亡くなった母、イザナミノミコトのところに行きたいと

アマテラスに相談しに行くがアマテラスが「我が国を奪はむと欲ふのこそあれ」と警戒を
したことで、スサノヲは、高天の原で大暴れをした。そのためアマテラスは、天の石屋戸
(いはやと)に隠れて高天の原や中つ国(地上)に光が届かず暗くなったのである。


その結果、スサノヲは髭を切り手足の爪をはがされて高天の原から追放されてしまう.
そして、追放されたところが,出雲の肥の河の上流に天下ったのである。

スサノヲが、肥の河の上流をさらに登っていくと アシナヅチ テナヅチという老夫婦が

娘のクシナダヒメを囲んで泣いていた。その老夫婦に聞くと「八俣大蛇が年毎にくる。
今こそが来るべき時でそのために泣いている」と言われた。

大蛇の姿について聞くと「目は真っ赤、身ひとつで八頭八尾ある」と言われ、そこで
スサノヲは、娘を櫛にかえて自分の髪にさし、老夫婦に「八塩折の酒を醸し、

また垣を作り廻し、その垣に八門を作り、門毎に八棧敷(やさずき)を結ひ、その棧敷
(さずき)毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて待ちてよ」といった。


こうして、八つの門に酒樽を置いて待つと大蛇が来て、樽に頭を入れて酒を飲んだ。

ここでスサノヲは、十拳劔(とつかのつるぎ)を抜いて、八岐大蛇(やまたのおろち)を

切り刻み、肥の河はその血で赤くなったと言われている。すると最後に一つの尾を切った
ところ剣の刃がかけた。おかしいと思って尾を刺し割ってみると太刀がでてきた。これが
草薙の太刀で、後にヤマトタケルの物語にも登場する名刀である。

そして、私の本文に戻りま~す!! 
この船通山が「古事記」の中の八岐大蛇の伝説になっている鳥髪峯なのです。

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今の時期、この新緑の中は多少暑くはなっていますが真夏とは違い心地よく
癒されています。

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山頂まで、まだ40分掛かりますが、登る道も緩やかになってきました。
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ここで予想以上の花に巡り会いました。コアジサイです。
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突然、いい香りがしたと思ったら、この花がちらほらと見えるようになりました。

鼻をつけると、ほんのりとした香りに癒されるのですよ^^/
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かつてこの道は、砂鉄採取の手法であるかんな流しの遺跡であると言われてます。
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かん流しによる砂鉄採取は、川をつかって岩石や土に混じった砂鉄を川や水路の
流れの破砕力を利用して土砂と分離させ比重差によって砂鉄のみを取り出す方法で
主にたたら製鉄の製造原料に用いられたとあります。つまり刀の原材料の砂鉄を
運びだす道なんです。ゆえにかん流しには川が必要で、この山の水は肥の河の
(斐伊川)源流になるのです。斐伊川を砂鉄の採取に利用したことにより
赤く染まったということを鑑みると、ヤマタノオロチの腹を裂いたときに流れた
血の赤をも思わせる色だったのではないでしょうか。

やっと山頂に近づいてきましたぁ~ 山頂に続く木道を左にいきます。
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カタクリの季節ではここから、カタクリの花が一面に咲いています。

きょうはササユリが思ってた以上に咲いていました^^/
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ツボミもまだたくさん見られました。

天叢雲剣出顕之地(アマノムラクモノツルギ)
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これはヤマタノオロチの尻尾からでた草薙剣をさしています。

標高1142mの標柱です。
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ところでヤマタノオロチを退治したスサノヲはそれからどうしたのか・・

ともあれ、無事オロチを退治したスサノヲはこの地を気に入ったようで
「吾この地に来て我が御心すがすがしい」と述べ約束どおりにクシナダヒメと
結婚することに。
そこでスサノオは「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
(やぐもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを)と
喜びをうたったのです。

それでは我々も下山開始、こんどは鳥髪コースへと歩きます。
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コアジサイの香りに誘われて・・

ササユリ
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鳥髪の滝 この滝の水が斐伊川に流れます。
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これはヤマアジサイ 香りはありません。
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やっと鳥髪コース登山口へと近づきました。
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我々この舗装道路をさらに30分ほど歩かねばなりません。疲れた!!

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珍しく大きなホタルブクロご発見、5~6cmほどの長いものでしたよ!!
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疲れた時のこういう発見も楽しいものですね^^

わくわくプールの駐車場に到着。車の数も来た時よりは減っていました。
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最後にスサノヲがオロチ退治のあとに、すがすがしく思ってこの地を気に入ったと
言われています。そしてクシナダヒメと一緒に暮らしたのが大東町にあり、そこに
今は神社があり須賀神社として祀られています。もしよろしければURLをクリック
して見てください。もしかしたら古代の出雲に導いてくれるかもしれませんよ♪

https://suga-jinja.or.jp/